三十城目 高松城 三十一城目 丸亀城 三十二城目 徳島城

 しばらく出掛けられなかったが、スタンプ帳は持ち主を置き去りにして快調に旅を続け、6つもスタンプが増えた。


 姫路城、和歌山城は30年ほど前に訪れている。冬に行ったので弁当を食べる為に座ったベンチがとても冷たかったことや、行き帰りの電車が混雑していたことなどはよく覚えているが、肝心の城の記憶は薄い。伊賀上野城も城の後に寄った忍者屋敷や伊賀牛の網焼きの味の記憶のほうが強い。二条城は、鶯張りの廊下の音だけはとてもよく覚えている。名古屋城と彦根城はなじみ深い城であるが、スタンプは人任せにしてしまった。新しくなった名古屋城やゆるキャラの元祖の彦根城はまた訪れたいと思う。


 二度目のサンライズに乗って今度は四国へ向かう。前回の反省から余計な荷物は持たず、アメニティと少し大目の寝酒を用意し、万全の体制を整えて乗り込んだつもりだったが、準備虚しく停車、発車のたびに振動で目が覚めた。朝列車の洗面台で顔を洗って鏡を見たら昨晩の酒と寝不足で目が真っ赤に充血していた。


 朝早くに高松駅に着き、そのまま城へ向かいスタンプを押す。城跡の見物よりも朝食のうどんを優先してとりあえず立ち去る。駅から少し離れたところにあるうどん屋へ行くと、地元の人で混雑していた。朝から穴子の天ぷらを食べる。欲をかいてうどんの量は大を選択。結構な量で食べきるのに苦労したが、味は絶品だった。東京でこの味と量を食べれば3倍の値段はするだろう。それでも大行列ができるに違いない。うどんの味と量に満足して駅に戻りすがら、城の回りを歩いてみる。すぐ横がフェリーターミナルで、数十隻の船が行き交うのが見える。瀬戸内海の海運の要所に築いた城であることがよくわかった。再現された櫓を眺めて、駅に戻る。


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 次の目的地、丸亀城に向かう。この記録を付けだしてから始めての現存天守閣である。実は最近石垣と再現された門にはいささか食傷気味だった。丸亀に向かう車窓から見える城の姿に期待が膨らむ。


 駅から徒歩で城へ向かった。高架の車窓からはわからなかったが、街中から見ると、かなりの標高差である。ガイドブックに駅から城入り口まで10分、天守閣まで10分とあったが、その理由がよくわかった。天守閣目指して登り坂にかかったらすぐ息が切れる。かなりの急坂であった。しかも登れば登るほど坂が急になり、三の丸跡に着く頃には汗をたっぷりかく。苦労してたどり着いた山の頂上には天守閣がちょこんと鎮座していた。


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 現存天守閣で一番小さな天守閣と聞いていたが、確かに平城ではすぐに陥落してしまいそうな大きさだった。中に入ると急な階段が待ち構える。急坂を登ってきた足には辛いが、現存天守閣だなと嬉しい。再現天守閣ではお目にかかれない階段である。手すりにしがみつくようにしてゆっくり登った。天守閣からの展望を楽しんだ後、スタンプを押し、先ほどの急坂を引き返す。かなり汗をかいて喉も渇いたので、麓の休憩所で一息入れる。しばらくすると何やら中学生の声が聞こえてきた。見ればいま下りてきた坂を駆け上がっていくではないか。しかもただ走るではなく全力疾走くらいの勢いである。真似をしたらおそらくゴールでひっくり返るか、そもそもゴールまでたどり着けるまい。過酷なトレーニングを考えたものだと思うが、駆け上がっていく体操着姿の中学生達にやらされ感はない。これも丸亀城名物なのだろうと感心して城を後にした。


 次は吉野川沿いに東進して徳島城に向かう。ここも駅の近くにある。列車の待避場を跨線橋で越えると石垣に囲まれた公園に着く。整備された公園は花の季節には早いが結構な賑わいだった。売店も開いている。博物館へ向かいスタンプを押す。


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 博物館は見学しなかった。歩き疲れていたし、徳島ラーメンの有名店の店じまいに間に合わせたかった。行った店は混雑していたが、昼をかなり過ぎていたのですぐに入れた。ラーメンをすすって、そのまま空港へ行き、東京へ帰る。


 結局、今回の四国旅行では細くて伸びるものしか口にしなかった。

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